研究をまとめて書き上げる過程は骨の折れる作業です。しかし、研究を論文や報告という形あるものに結晶させ、それを公表する過程は、研究を社会的に価値あるものにするために不可欠なのです。研究によって何らかの新しい発見をしてもそれが公表されなければ、社会の役には立たないのです。また、公表して他の人の意見や批判を仰がなければ、研究はただの自己充足的行為に終わってしまいますし、研究者としての成長も望めないでしょう。
研究をまとめていく過程で、研究は一層深まるものです。というのは、筋道の通ったものに書いていく過程で、研究課題がより明確にとらえられたり、研究方法や分析の限界がみえてきたり、研究成果の価値や今後に残された課題がはっきりとしてくるからです。論文の作成は、一挙に成し遂げられるものではなく、関連文献、研究課題、研究方法、データ収集と分析等を何度も見直しては書き直す作業を繰り返してやっと仕上がるものです。
質的研究の論文は、自然科学の実験研究のまとめ方とはかなり違います:仮説、実験方法、結果、考察、という順番で記述するときまっているわけでは、ありません。序論、本論、結論という3つの部分から構成されることは、どんな論文でも共通ですが、その中身は書く人のスタイルによって大きく異なります。初心者は、質的研究の論文をいくつか読んでみて自分のスタイルに合うものを見つけて、それをモデルにして書きすすめてみるとよいでしょう。いずれにしろ、読者に「説得力のあるストーリーを語る」ことが肝心です。どういう課題にどういうやり方で取り組んだのか、どんなデータからどういう結論を導いたのか、そして、結論にどういう意義があるのかを、明確に読者に伝えることが基本です。
T 序論部分
論文の中身である本論に入る前に、論文には書いておかなければならない、いくつかの必要な事項があります。それらは、事務的な部分もありますが、自分の研究内容を位置付けたり、研究内容を他の研究者に伝えたり、他の研究者に利用してもらうのに重要な役割をもっており、おろそかにはできません。
(1)タイトル
論文のタイトルは、まさに論文の「顔」です。タイトルについては、論文を構想している段階から考え始めますが、論文内容をよりよく伝えるものでなくてはならないので、論文が仕上がる頃に、最終的に決定するものです。読者は、タイトルから論文の内容をイメージして、論文内容への何らかの期待を持ちます。執筆者の意図と読者の期待がうまくかみ合っている状態を "author-reader contract" (書き手と読み手の間の契約)といいますが、この契約を作り上げることが大切です。論文の内容と合わないようなタイトルをつけると、執筆者が伝えたい事柄を読者が誤解したり、あるいは読者が「期待を裏切られた」として論文の価値を認めなかったりする危険が高くなります。
最終的なタイトルのつけ方としては、漠然としたものよりも、研究内容のもっとも重要な部分が伝わるように焦点化したものが望ましいです。焦点化されたタイトルをつける作業の中で、執筆者は、自分の研究のエッセンスがどこのあるのかを明確にとらえられるようになっていきます。そして、漠然としたタイトルをつけたりすると、読者は、その論文は十分に焦点化されないままに書かれた質の低いものだと受け取るでしょう。ただ、反対に、あまりに詳しすぎるタイトルをつけると、重箱の隅をつつくような狭量な研究の印象を読者に与えてしまうので、バランスが大切です。そこで、ある程度一般的なトピックをメイン・タイトルに持ってきて、サブ・タイトル(副題)として、狭く焦点化したタイトルをつける、というや� ��方がよくとられます。
例:
l 「数学的問題解決の研究」
あまりに漠然としています。数学的問題解決は今日では幅広い研究領域です。そのどこに焦点を当てたいのか明示するべきです。
l 「小集団における数学的問題解決過程の研究: メタ認知活動の変容」
数学的問題解決の研究の中でも、小集団の活動に限定して、それがメタ認知過程にどのように作用するか、を考察するのだ、ということがよくわかります。
(2) 要約
論文の要約は、読者に論文の概要を伝えたり、データベースの検索用テキストになったりします。論文の主要な構成要素、すなわち、
(a)研究課題、(b)研究の背景や意義、(c)研究方法、(d)主な結果、(e)主な結果についての考察、
はかならず盛り込むようにします。ときどき、初心者は要約を「序文」と勘違いして、(a)(b)(c)だけ説明して、「・・・を研究しました。」で結んでしまい、どういう結果になって、その結果がどういう意味をもつのか、を書いていない場合がありますが、それでは不十分です。要約は論文の一部ではありません。要約本文だけで独立して理解できるように書きます。要約の文章中に「詳しくは論文参照」とか、論文中に、「要約参照」というような記述を含めてはいけません。忙しい読者は、書籍や雑誌で手に取ったり、データベースからアクセスした論文を読むかどうかをその要約を読んで判断します。したがって、研究内容を� �確で、かつ興味を引くように記述する必要があります。短い文章であっても、「何をどう研究したのか」「どういう興味深い結果が得られたのか」がはっきり伝わるように書いてください。
要約は論文が仕上がってから作るものとだけ考えられがちですが、必ずしもそうではありません。長い論文を書き始める前に、論文のアウトラインをイメージするために、暫定的に要約を先に書き上げてみるやり方もあります。そして、論文の執筆作業の中で、要約と本文を照らし合わせて、要約を書き直したり、本文を書き直したりして、論文執筆作業のガイドとして活用することも可能です。
(3) 目次
目次は、論文がどのように構成されているのかを示すものです。目次を見ると一目で、どういう事柄が、どのように関連付けられて、どういう順序で論じられているのかが読者に伝わることが理想的です。そのためには、どういう章や節を立てるか、章や節の見出しをどうつけるか、を執筆の間に何度も検討することが大切です。目次を眺めてみて、「この章は、研究課題と関係あるのか」「タイトルにあるこの話題を扱う箇所はどこにあるのか」「この節は、この章の中に入れるのは不自然じゃないか」「この章が先に来るのはおかしい」というような疑問がすぐに生じるような場合は、論文の構成が十分に練り上げられていない兆候です。
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(4) 序文(はじめに)
序文では、どうしてその研究をするに至ったかの説明をし、研究課題を明確に提示します。上述の「要約」と同じく、読者に論文の概要を伝える役割をします。ただし、要約は論文とは独立した文章ですが、序文は論文の一部であり、書き出しです。したがって、
(a)研究課題、(b)研究の背景や意義、(c)研究方法
について、簡潔に述べます。研究の背景や意義を論じるには、関連する研究に言及する必要がありますが、要約では簡潔にとどめ、その詳細は、後の章で別に論じます。研究方法についても、研究方法の章で別に詳しく説明することになりますので、研究課題にどうアプローチしたかを簡潔に触れるにとどめます。そして、「何を研究したのか」が始めに明確に伝わるように研究課題を明確に示します。「要約」の場合とは違って、研究結果や結果の考察については触れません。
なぜこの研究をするに至ったかの説明には、研究上の価値や教育上の意義というような、「大義名分」を論じて、研究の正当化をする必要があります。しかし、特定の研究テーマや研究課題の選択には、研究者本人の個人的な背景や関心が当然影響しています。その個人的な背景や関心は、質的研究法では、研究課題の設定、研究手続きやデータ解釈等に重要な役割をもちうると考えられています。それゆえ、「研究の背景や意義」の説明の中に、研究者本人の個人的な背景や関心についての説明を含めてもよいでしょう。もちろん、それは研究の進め方への影響を研究者自身および読者が査定するため資料として述べるにとどめ、個人の過剰な思い入れを書くことなどは慎みます。特定の研究テーマに心酔してしまい、散文詩か浪� ��節のような情緒たっぷりの序文を書いてしまったりする場合がときにありますが、それでは、他者からの批判を寄せ付けないような雰囲気を生み出してしまい、研究論文としての性格を失う危険性があります。
(5) 先行研究・関連する研究の検討(概念枠組みの設定、および研究課題の具体化)
西欧のメタファ、"standing on the shoulder of giants"(巨人の肩の上に立つ)、にありますように、どんな研究も、先人の研究からの多くの知見の恩恵を受けております。自分の研究課題に関連する問題に対して自分より前に行われた諸研究に敬意に払わなければなりません。1人で明らかにできる問題は非常に限られていますが、先人の開拓した知見を利用することによって、高い知見を得ることができるんだという理解は研究者共同体のメンバーとなるためには不可欠です。同時に、自分の研究がそれまでの諸研究とどういう関係にあるかを明確にし、自分の研究がどのような貢献をしうるのかを論じる必要があります。いわゆる、自分の研究が、関連する諸研究全体の中でどういう場所を占めるのかという、「位置づけ」の作業が非常に重要です。
ただし、どういう文献が自分の研究に関連するのかは、実際は、研究の進行中にわかってくるものです。論文は決して、研究を進めた順序に書かれているわけではありませんので、関連文献は、データ収集を始める前のみならず、データ収集や分析の最中や終了後にも調べていきます。
文献を本文中で参照したり引用したりするときは、APAスタイル(本稿の末尾参照)等にしたがって、適切な作法にしたがってください。
文献の探索
そこで、自分の研究課題に関連する問題に取り組んだ他の人々の研究にどのような文献があるかを調べ上げていきます。文献を見つけるには、以下のようなことが役立ちます:
l 自分の指導教員に教えてもらう。
l 研究者向けのハンドブックには、さまざまな研究領域について、その出版時点での最新の研究状況を概観しており、重要な研究文献を網羅しています。自分の研究課題が属する研究領域にどんな文献があるか探すのに便利です。ただ、研究者向けのハンドブックは多くの専門用語で書かれているので、研究の初学者には読みにくく、やはり指導教員に頼ることになります。
l すでに読んだ論文の中で言及してある文献を入手して読んでみます。その文献の中で言及してある文献をさらに入手して読んでみる、・・・というふうにして、芋づる式に関連文献を探し出していく。論文の中で言及してある文献については、論文末尾の「参考文献」(References)か註などに検索のための情報が明記されています。
このとき、最初の頃に読む文献はできるだけ最近出版されたものを選びます。最近書かれた論文であれば、関連する文献を検索するための情報も豊富である可能性が高いです。同時に、最近の研究動向についても知ることができます。
l 研究課題や研究テーマ中のキーワードや、およびそれらについて研究している研究者名を使って、図書館やインターネットで検索をかけてみます。国内では、
国立情報学研究所 学術コンテンツ・ポータル
が豊富な検索サービスを提供しています。海外文献の検索では、
Google Scholar http://scholar.google.co.jp/
が役立ちます。データベースの検索の仕方や文献の入手方法がよくわからないときは、図書館などで聞いてください。
l 自分の研究課題に近い問題を研究している他の研究者や大学院生に教えてもらう。学会などで関連する問題についての研究発表を聞く機会がありましたら、発表後に発表者のところに行って、研究情報をもらってくるとよいでしょう。
次に、こうして入手した文献を読んでいくことになります。しかし、実際は、文献の数が多くて論文提出の締切までに全部はとても読みきれないのが普通です。したがって、入手可能な文献の中から、以下のような研究の文献を選択的に読んでいくことになります:
l 自分の研究課題に非常に近い問題を研究している研究
l 自分の研究領域において研究者たちから重視されている研究
l 自分の研究方法をデザインするのに直接役立ちそうな研究
それ以外の文献については、要約(アブストラクト)などで概要を把握するだけとか、特定の章だけを選択的に読むにとどめておきます。
文献の分析的批評
こうして研究文献を読み進みながら、それらをどうまとめたらよいか、考えていきます。Silverman (2000, p. 227) にありますように、論文において先行研究のまとめの章を書くのは、以下のようなことを示すためです:
l [ 専門的な知識 ] 当該の研究領域について、自分がすでにどれだけの事柄を知っているか
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l [ 分析的批評 ] これまで知られている事柄について、自分はどう評価しているか
l [同一研究の確認] 自分のと全く同じ研究がすでに他の人によって行われているか
l [関連研究の確認] 自分のと関連した研究が他の人によって行われているか
l [ 位置づけ ] すでに行われている諸研究の中で、自分の研究はどう位置づくのか
l [ 価 値 ] すでに行われている諸研究に照らして、自分の研究はどんな価値があるのか
単に[専門的知識]を披露するだけであるなら、先行研究の文献の紹介を次から次へと羅列するだけでできます。しかし、それでは、「佐藤(1995)は、・・・した。田中(2001)は、・・・した。Smith (2003)は、・・・した。・・・」というような単調な記述になり、読むに耐えないものになってしまいます。自分の研究課題に焦点を絞って論じることが大切です。それゆえ、[同一研究の確認]や[関連研究の確認]をしながら、自分の研究に説明するのに重要となる文献を中心に記述し、そうでないのは軽く触れる程度にとどめます。その上で、自分の研究の[位置づけ]や[価値]を明確にしていくのです。
すでに他の人々によって行われている研究のうち自分の研究に関連する文献については、[分析的批評]が必ず必要となります。研究の初心者には、批評(critique)を行うことはなかなか難しいものです。専門家の研究が「仰ぎ見る」ような高い位置にあるからといって、ただただ「すばらしい」と礼讃するだけでは、研究になりません。かといって、自分の研究を引き立たせるために、血気にはやって、無理やり他の研究をこき下ろすようなのは不適当です。どちらも、文献の分析ができていないからです。
まず、他の人々の行った研究について、目的、概念枠組み(後述)、研究課題、方法、考察等を冷静に分析することが必要です。研究の初心者は、文献の分析がなかなかできません。文献を紹介するセミナーで、「ここに書かれている研究の目的は、具体的には何ですか?それは文献のどこに書いてありますか?」「この研究の方法を説明してください。その方法をとる利点と不利な点はどういうところだと思いますか?それはなぜですか?研究結果や考察にどう反映されていますか?」と聞いても、初心者はなかなか答えられないでしょう。セミナーで指導教員や上級生から継続的に文献の読み方の訓練を受けることが必要です。
その上で、文献の分析的批評を展開する中で、先行研究でもまだ研究が必要とされる問題をどこかで指摘して、自分の研究の[位置づけ]や[価値]を明確にします。他の人々の研究の不十分さを指摘する仕方には、たとえば、以下のようなレトリックのパターンがあります。これらの不十分さを補うためには、質的研究の特徴である少数の事例の研究でも価値ある貢献ができることに自信をもってください。
u [枠組について] 例: これまでの研究の理論的な前提に限界がある、あるいは不適切な部分がある。
u [課題について] 例: 過去の研究では議論が分かれており、さらに詳細な研究が必要である。この課題はこれまでほとんど研究されていない。最近、この問題が脚光を浴びつつある。
u [方法について] 例: データ収集の方法が課題に対して適切でない、または限界がある。
u [データについて] 例: これまでの研究ではデータの種類や状況が限定されているので、他の種類や状況のデータでも調べることが必要である。サンプル数が少ないので、さらに多くのサンプルで調べることが必要である。
u [分析について] 例: この現象は報告されているが、なぜそれが起こるのかの説明はこれまでなされていない。これまでの研究において提供されてきた分析では説明がつかない事例が示唆されている。近年提案されている新しいアプローチを利用した分析はみられない。
概念的枠組みの明確化
関連する文献の分析ができたら、それに基づいて、自分の関心のある研究課題について、どういう点がこれまで明らかになっているか、そして、どういう点がまだ不十分なのかをまとめていくのです。この時点になると、自分の研究課題を分析的に論じることができるようになります。すなわち、自分の研究課題がどういう事柄から成り立っているか、が明確になってきます:
l どういう理論的な前提に基づいているか
l どういう概念および概念間の関係が関わっているか
l どういう問題(issues)と関わっているか
l どういう期待が立てられるか
たとえば、上であげた「小集団における数学的問題解決過程の研究: メタ認知活動の変容」という研究であるなら、以下のように分析できるでしょう:
l シンボリック相互作用論やヴィゴツキーの文化的認知発達理論を前提として、小集団学習をとらえ、
l 「メタ認知活動」、「社会的相互作用」、「専有化(appropriation)」等を中心的概念にし、
l メタ認知活動の発達や変容の問題に焦点を当て、
l 小集団活動における社会的相互作用がメタ認知活動の発達を促す、と期待される。
このような研究課題の分析的なとらえ方を、研究の「(概念)枠組み」(conceptual framework)といったりします。「立場」、「視点」、「視座」、「切り口」ともいわれます。風景や事物の見え方は、どの場所に「立っているか」、どこに視点をすえるか、によって違って見えます。スケッチをするときには、それを決定しなければなりません。四角い画用紙にスケッチするなら、画用紙の「枠」にあたるところを、風景や事物の周囲のどこに設定するか、空間のどこを四角い絵として「切り取って」くるか、決定しなければなりません。研究課題を分析的にとらえなおすことによって、研究課題の見え方・とらえ方が決定されることになるわけです。
研究の概念枠組みについての実際の記述の仕方については、最初に概念枠組みを提示してからそれをガイドにしながら文献の分析的批評を述べてもよいし、文献の分析的批評を展開しながら概念枠組みを随時説明したりしても構いません。しかし、下記の「研究課題の具体化」は、通常、先行研究の検討の章の最後に述べます。
あなたは、三年生のマップゲームを渡すことができます。
研究課題の具体化
研究課題については序文で触れていますが、そこは導入だったのでいきなり分析的な書き方はせずに、やや一般的で漠然とした表現にとどめています。先行研究の検討の章では、関連する文献の分析を述べ、研究の概念枠組みを明確に示した後に、分析的な定式化をします。たとえば、
「数学学習における小集団の問題解決過程において、生徒たちのメタ認知活動がどのように変容するか
というやや一般的な研究課題から出発して、それをさらに分析的に定式化するとすれば、
u 小集団におけるどのような社会的相互作用が、生徒たちのメタ認知活動を促進するのか
u 小集団におけるどのような社会的相互作用が、生徒たちのメタ認知活動を停滞させるのか
u 教師によるどのような介入が、生徒たちのメタ認知活動を促進するのか
u 教師によるどのような介入が、生徒たちのメタ認知活動を停滞させるのか
u メタ認知活動の促進は、数学的問題解決に関してどのような見方を生徒たちにもたらすか
等々、概念枠組みを自分の関心としている具体的な現実に照らしてみれば、さまざまな具体的な研究課題が見えてきます。その中で、文献の分析的批評にもとづいて、これまでに行われている諸研究においてまだ不十分である、と判断した課題に焦点を絞り、定式化を述べます。
(4)研究方法(方法論、研究過程)
ここでは、どのような研究方法をとったのか、そしてそれが研究課題に照らして適切であるということを論じます。通常、以下の項目が扱われます:
研究対象の選択
研究対象となる学校、学級、教師、ないし生徒等、及び研究の時期や期間を記述します。どのような基準を考慮して選択したかを説明します。
データ収集の手続き
ステップ2で挙げたような手続きのどれをどのように利用したかを記述します。どうしてその手続きが適していると判断したのかを説明します。
データ分析の手続き
ステップ5で挙げたような手続きのどれをどのように利用したかを記述します。どうしてその手続きが適していると判断したのかを説明します。
研究者とフィールドとの関係
研究者がフィールドに対してもっている先入観や、研究者がフィールドの人々と築く人間関係は、データの質や解釈の仕方に影響を及ぼします。それゆえ、質的研究では、研究者とフィールドとの関係について研究者なりの分析を加えること、および、その分析を論文の読者に知らせ、データの質や解釈の仕方について注意を促しておくことが大切となります。研究者がフィールドに対してもっている先入観というのは、例えば、学校現場をフィールドとしたとき、学校について聞いている評判、生徒であった頃の自分の学校に対する印象とか、研究者が長い教職経験をもっていれば、教員としての現場の見方等をさします。これらは、学校現場をフィールドとしたとき、フィールドで起きたことの解釈の仕方に影響を及ぼすことが� ��分考えられます。研究者がフィールドの人々と築く人間関係というのは、フィールドのなかで研究者はどういう社会的役割を与えられているか、あるいはフィールドの人々からどう受け取られているかを指します。例えば、ある学校のクラスをフィールドとしたとき、研究者は、教室の後ろで静かに観察することが中心の参観者に徹する場合が多いです。しかし、研究によっては、研究者自身がそのクラスの教師である場合もあれば、研究者がそのクラスの教師の補助者である場合もあります。また、研究者が生徒の間にとけ込んで「生徒」となる場合もあります。あるいは、以上のうちのいくつかの場合を組み合わせた場合もあります。どういう役割を与えられているかによって、例えば、生徒の行動や発言の仕方に違う場合があるも� �です。「教師向け」、「部外者向け」、「他の生徒向け」の行動や発言がそれぞれ微妙に異なることがあるからです。
以上の項目を、一つ一つ別々に論じても構いませんが、研究をどのように進めていったのか、その経緯を説明するという論じ方もあります。研究対象にどう探し出したのか、どうコンタクトをとったのか、どうやって研究参加の承諾をとりつけたのか、データ収集を始めてどういう問題に出くわしたか、収集方法をなぜ変更したのか、分析作業でどういう問題が発生したか、分析方針をどう変えたか、等々研究方法の選択に関わる研究者の判断の歴史を説明していくものです。その中で上記の項目に随時触れていくのです。研究方法の選択の背景が読者によくわかり、同時に、研究者の判断の的確さをアピールすることができます。この場合は、「研究方法」と呼ばずに、「研究過程」(Research Processes)という名称を使う論文もあります。
(6)研究対象についての記述
研究対象となる学校、学級、教師、ないし生徒等について説明し、本論でのデータの解釈や考察のときの予備的情報を提供します。プライバシーの保護のために、学校や教師、生徒の固有名詞は、論文全体を通して、記号や仮名で代用して伏せるようにします。
II 本論部分(データ分析と考察)
本論では、論文の最も重要な部分をなす、データの分析およびそれについての考察を論じていきます。データは特定の学校やクラスや子どもたちから得た特殊なものですが、考察では分析結果を自分の研究の概念枠組みに照らして検討し、研究課題で問われたことに応える一般的な結論を提示していきます。提示の仕方には、さまざまなスタイルがありますが、自分の解釈を提示するとき、必ずその裏付けや例示となるデータを同時に提示することが重要です。データは、通常、フィールドノーツからの引用という形で示されます。したがって、本論は、通常、説明や分析と、フィールドノーツからの引用が交互に現れるようなスタイルで展開します。
Alasuutari (1995)やSilverman (2000)が論じているように、本論の構成を考えるには、その全体構造(macrostructure)と微視的構造(microstructure)を健闘する必要があります。前者は、データの分析とその考察全体の組み立てをどう構成するかという問題に関するもので、いくつの章に分けたらよいか、どういう章を設けるか、章と章との間にどういう関連をつけるか、等に関わります(雑誌論文のような短い論文の場合は、「章」の代わりに「節」を考えてください)。後者は、全体構造の中の各部分をどのように組織するかに関するもので、たとえば、各章の中をどう書いていったらよいかに関わります。
(1)全体構造
まず、集めてきた多量のデータとその分析から得られてきたさまざまな洞察の集積を、他人によく理解できるような形に整理することになります。それには、本論で主張したい事柄のリストを大雑把に作成してみるよいでしょう。それは、本論の章構成を考える作業となります。そして、研究課題と関連がない無駄な章はないか、章と章との間に関連がつくかどうか、研究課題や研究の概念枠組みからみて当然あるべきだと思える章が欠けていないか、等々を検討していきます。
本論で主張したい事柄が明確になったら、それらをどういう流れで提示していくか、いわゆる「ストーリー」、を検討します。量的研究の伝統的流儀では、「仮説検証」型のストーリーがほとんどで、最初に検証すべき仮説を提示し、その後にその仮説を得られたデータの統計的分析によって検証し、考察を述べる、という展開でした。質的研究でも「仮説検証」型のストーリー展開は可能ですが、そもそも仮説の検証が主目的でなかったり、仮説がデータ分析の最中に現れたりするので、あまり適していないと考えられています。
分析型ストーリー(Analytic story)
質的研究で使われる全体構造としては、分析型ストーリー(Silverman, 2000, pp. 242-243)は標準的に使われます。この場合、ストーリーの構成は、研究の概念枠組みと研究課題から論理的にきまってきます。たとえば、数学的論証の概念がどのように「変容」するかを研究した場合、研究結果として、論証概念の変容が3つの段階で経るとわかったとします。その場合、その3段階モデルを最初に提示し、つぎに第1段階をデータを引用しながら詳細に論じます。そして、第2、第3段階を同様に論じていきます。また、たとえば、「数学的活動」実践の事例研究をした場合、研究成果として、「数学的活動」を捉えるには2つの軸、「数学的内容の深さ」と「数学的内容の広がり」が重要だと提示します。そして、この2つの軸をもとに、二次元平面上に「数学的活動」の典型的タイプを表現するモデルを提示します。そ� ��に引き続いて、集めた事例研究のデータを引用しながれ、から典型的なタイプをひとつひとつ描いていきます。研究の概念枠組み―>研究課題―>研究結果という3者の論理的流れが明快で、読む側の負担が少ないものです。もし、その論理的な流れが分かりにくくなっている場合は、3者のいずれかに問題を抱えている証拠ですので、論文をもういちど推敲して書き直すべきでしょう。この論理的流れをうまく作るには、最初に述べる「概念枠組み」の設定が肝心です。「研究の概念枠組み」というのは、研究の始めに決めておしまい、というものではなくて、実際は、研究が終わった後に、研究成果をうまく表現できるように、論文執筆中に、何度も練り直したりするものです。
謎解き型ストーリー(Mystery story)
Alasuutari (1995, p. 183)は、推理小説のようなストーリー展開を利用することを提案している。分析型ストーリーでは、概念枠組みと研究課題の提示の時点で、論文の展開が予想できてしまうので、読者自身が分析過程を追体験するような機会がなく、面白みに欠ける部分があります。そこで、読者自身が、データを分析してその意味を探る「謎解き」過程を追体験できるようにするものです。まず、データを一部提示しては、その分析をして探求的な問いかけを提示して、読者にいくつかの解釈を考えさせ、さらに別の手がかりとして新たなデータを出しては探求的問いかけを提示する、というやり方で、次第に、最終的な分析と一般的な考察へと読者を導いていきます。しばしば、読者の最初の予想を裏切るようなデータを提示しては、「謎」を深める場面 を設けたりします。謎解き型ストーリーは、大変魅力的なものですが、推理小説を書くような技術を求められますので、万人にすすめられるものではありません。「読者自身が分析過程を追体験する」といっても、決して実際の研究過程を時系列に記述しただけの安易なものではなく、謎を深める場面や伏線の設定を緻密に計画して作られた文章です。
(2)微視的構造
論文全体が「序論−本論−結論」という3部構成になっていると述べましたが、論文の各章(または節)も、やはり同じ構成を持っています。章の始めには、「第1節」のタイトルが来る前に、その章で何を論じるのかをあらかじめ説明しておきます。その後で、その章で扱う内容を、いくつかの節に分けて一つ一つ議論していきます。それが終わったあとに、その章のまとめの節を書きます。そこでは、その章で明らかにされたことを概観し、新たに生じた問いを論じ、次の章の議論へのつなぎを述べます。
分析を述べるときは、同時にデータを引用します。引用の前には必ず、どういうデータを何のためにこれから引用するのかの背景説明をしてください。そして、長いデータを引用しなければならないときには、そのデータのどこの部分が分析の焦点なのか、アンダーラインや行番号を使って明示してください。
質的研究に限らず、論文にはその他、多くの細かい作法がありますが、それは他に譲ります。
III 結論部分
(1)研究結果のまとめ
序章で論じた関連する研究、概念枠組み、研究課題に立ち返り、本論で述べた研究の成果としてどういうことが明らかになったかを簡潔にまとめます。短い雑誌論文の場合は、本論を読めばすむことなので、このまとめを省略して構いません。
(2)今後の展望および課題
この研究で得られた成果から新しい研究や理論の展望を描くような議論を展開しておくのもよいでしょう。他の研究者の行った研究の成果と関連付けをして、あたらしい統合的な解釈や理論を提案したりすることもできるでしょう。
最後に、研究課題に関連することで、さらなる研究が必要な問題を論じます。どんな研究も明らかにできる事柄は限られています。まず、自分の研究の限界を明確に論じておくことは大切です。自分の研究の限界を十分に自覚しているということは思慮深い研究の証となりますので、積極的に指摘しておきます。同時に、自分の研究で不十分な点については、自分および他の研究者のための新しい課題として提案します。
(3)教育的示唆
教育研究は常に教育実践を頭に置いて進められるべきものです。今回の研究を通して得られた知見をもとに、教育実践への提言を行います。
IV その他
論文末には、参考文献一覧を載せ、必要があれば資料を添付します。
(1) 参考文献一覧
論文の中で言及したり引用した文献を全て列挙します。言及も引用もしていない文献は載せません。書き方は、下記のAPAスタイルなどを参考にしてください。
日本心理学会(2005).『執筆・投稿の手びき』(
(2) 資料
本文の理解に役立つけれども、本文に組み入れると読みにくくなるような資料があるときに添付します。例えば、質問紙の用紙、生徒の答案の写しの一部、インタビューのトランスクリプトの抜粋などです。
(入門編終わり)
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